ナチュラルエナジーは、トライアスロンにチャレンジするあなたを応援します!

TOP > 「トライアスロンの魅力」

ナチュラルエナジートライアスロンスクール参加メンバーのみなさんに
「トライアスロンの魅力」について語ってもらいました。

15件中1〜5件目  
1|23 次の5件

「目標達成に向かって突き進め」 齊藤真大



僕がトライアスロンを始めたきっかけは、資格取得に費やしていた時間がすっぽり空いたこと、大学の部活先輩から誘われたことが見事に重なったからです。
これまでにトライアスロンを通じて感じたことや、今後の目標についてお伝えしたいと思います。

1.日々の練習を通じて自分が進化していく感覚が味わえる。
目標を設定し、現在の自分の能力を認識して練習に取り組む。そうすると10の練習に対して、たった1とか2とかかも知れないが、自分の進化を感じることができる。これはトライアスロン以外でもそうだと思うが、3種目行うトライアスロンでは飽きることなく進化が感じられるように思う。
僕は、当初、クロールの息継ぎが苦手で25m泳ぐのが精一杯だった。しかし、練習を始めて2ヶ月後、1500m以上泳げるようになった。人間やればできるのである。

2.大げさかも知れないが、自然を感じることができる。
初トライアスロンまでに1500m泳げるようになったものの、海で泳ぐことに恐怖心があった。本番前日の試泳でも750mの周回コースを1周しようとしたが、スタート地点からたった25m沖に行った段階で、深さにビビってしまい思わず折り返してしまった。やはり自然は恐ろしい。結局50m位泳ぐだけで終わり、その日の晩は参加したことを後悔した。そして本番では、1周目はほぼ平泳ぎ。しかしながら、2周目で海に身を任せること(浮力を上手く使うこと)を学んだ。この時の感覚は自分にしか味わえないものかもしれない。

3.バランス感覚を磨くことができる。
仕事、家庭がある中でいかに時間を捻出するか、またその中でスイム、バイク、ランをどのようなバランスで練習するかといった練習のスケジューリングもトライアスロンの魅力だと思う。この時間のやり繰りによって、日常生活を送る上でのバランス感覚を養ってくれると思いし、日常生活にメリハリを付けてくれる。そしてメリハリのある生活が送れると気持ちがスッキリした感じが味わえる。最近では、週に1、2回は、帰宅ランを実行しており、また、家でもただ単にテレビを見るのではなく、ローラ台でバイクを漕ぎながらテレビを見ることも増えてきている。

以上が、現在感じているトライアスロンの魅力です。これからもトライアスロンを続けていき更なるトライアスロンの魅力を味わいたいと思います。

[これからの目標について]
どうせ出るなら長時間の方がコストパフォーマンスが良さそうだし、完走への目標設定も難しそうだし、達成感も大きそうなのでロングタイプのトライアスロンを完走したい。
まずは今年の佐渡国際トライアスロンAタイプ完走です。そして来年は宮古島トライアスロンを完走したい。
とにかく無理せずマイペースで取り組んで行きたいと思う。



続きを読む/たたむ

「トライアスロンの原点」 長田達也


2008年、オリンピック男子トライアスロン。
ゴール前に帰ってきた3人に必死で追いついてきたウイットフィールド選手が様子を見て一気にスパート。先頭で逃げ切るかに思えたが、そこに必死で食らいつくフロデノ選手。フロデノ選手はものすごい気迫で、必死に食い下がり追いつくと、わずかにウイットフィールド選手の前に出た。その瞬間、ウイットフィールド選手はあきらめ、フロデノ選手が金メダル。ウイットフィールド選手が銀メダルとなった。

「決して最後まであきらめない」という精神の大切さ。
私がハワイで学んできた最も大切なことですが、オリンピックでそれを再確認しました。ハワイではゴール前で倒れながらも、這いながらゴールするアスリートを何度も見てきました。お互い目一杯だったかもしれませんが、ウイットフィールド選手に比べ、フロデノ選手の方があきらめない気持ちとその精神が上回っていたように見えました。
メダル争いに絡まなかったアスリート達の中には、順位に関係なくガッツポーズでゴールに入る選手が何人かいました。他のスポーツにはない「完走した誰もが勝者」という光景。トライアスロンは、気持ちを強く持ち、最後まで頑張り通せば、充実感や達成感は大きく、とてもさわやかな気分になれると思っています。
さらに、最終ランナーとして帰ってきたカナダの選手は、ゴール前のスタンドに向かって笑顔で手を振りながらのゴール。トライアスロンならではの光景でした。これは他のスポーツにはない、トライアスロンの奥深さを伝えるシーンと思えました。

現在、国内ではジュニアや学生からはじめる選手は、51.5kmの世界で競技としてトライアスロンを楽しみ、また30〜60歳代から自分自身にチャレンジするアスリートも増えているます。
体力的には20歳代のアスリートが断然強いと思いますが、社会でいろいろなことを経験してきている方々は「決して最後まであきらめない」という精神を生きてくる中で身につけ、普段から仕事などで常にキープしているかもしれません。また、国内でも社会で成功してきた方々がトライアスロンを始めるようになってきましたが、普通の人の努力を努力と思わず、改善点や課題をごく当たり前のように淡々とこなしたり、厳しい局面を乗り越えるために、常にどうしたら良いかを考え工夫したり、その時その時を楽しむ気持ちを持てる方々が多く、それらはトライアスロンでとても生かされることと思います。

トライアスロンを長く継続していくと、楽しいことばかりではなく、辛いことや苦しいこともあるかと思います。そのような時、「決して最後まであきらめない精神」や「どんな時も楽しむ気持ち」を持って突き進んで行けば、必ずその夢や目標は達成できることと思います。
そして、そういう大切な部分は、きっといつの時代になってもトライアスロンの原点であり、レベルや世代、ショート、ロングを超越して変わらないものであり続けるだろうし、難しいようだけど、全てのトライアスリートが持つことができる精神だと思っています。



【経歴】
ナチュラルエナジー代表
アイアンマンハワイ14年連続完走達成(1991〜2004)
トライアスロン(ロング)通算53レース完走達成(1989〜2011)
全日本トライアスロン宮古島大会アドバイザー



続きを読む/たたむ

「私のトライアスロン」 竹村健太郎


トライアスロンを始めてからほぼ20年になります。
トライアスロンを始める前から、マラソンをしていました。30歳までスポーツらしいものとは無縁でとても太っていたのですが、気が付くとフルマラソンでタイム短縮することに夢中になっていました。時には「血の小便が出た」苦しい練習も乗り越え、フルマラソンで2時間37分の記録を出すまでになりました。

トライアスロンは、第1回全日本トライアスロン宮古島大会のNHK実況放送を見て感動。「アイアンマンになりたい。男はこれやー」と思いトライアスロンを始めました。
デビュー戦である「アイアンマン・ジャパン」に初出場した時は、完走で良いと思っていましたので、マラソンに比べれば全然マシでした。しかし、2回目の「アイアンマン・ジャパン」を完走した時のことですが、ゴールで待っていた妻が泣いているのです。私自身はてっきり、完走に感激していると思っていたら、妻は「遅い」と言うのです。この時に、来年は泣かせないレースをしようと誓い、マラソン並みの練習を実施。そして、翌年のレースで、ハワイ出場権を獲得するまでレベルアップしました。

ハワイに向けてのトレーニングでは、苦手のスイム練習をしていたら「蚊が止まる」と言われるくらいでした。さらに、ハワイのスイムではウエットスーツ着用禁止。溺れかけながら何とかスイム3.8kmを泳ぎ切りました。そのあと、バイクでは180kmを走り、フルマラソンを走ってコナの街に帰ってきた時は、ものすごい応援でした。そして、ランゴールの瞬間、今までのいろいろなことが駆け巡り、右手を思いっきり上げて泣きました。

その後、宮古島大会と皆生大会にも出場して、今では毎年これら2レースに出場しています。
アイアンマン・ジャパンでの目標順位は100位以内(800人出場)でしたが、最高が107位と僅かなところで達成できなかったので、宮古島大会でも目標を100位以内(1500人出場)としました。こちらは3度達成でき、77位が最高順位となりました(なお、101位というのもあります)。
また、この成績から皆生大会の目標を50位以内(850人出場)とし、1度ですが48位を出しました。これらの付録として、年代表彰は、宮古島・皆生大会ともに1〜3位をとることができました。

ナチュラルエナジーとの出会いは、自分がトライアスロンを始めてしばらくして、長田氏の新聞記事を見たのがきっかけです。その後、ランのタイムが落ちてきたためスイムを強化しようと思い、ナチュラルエナジーの門を叩きました。
自分のレースパターンは、スイムで出遅れてバイクである程度まで上げて、最後のランで前に見える人は全部抜くというものです。アイアンマン・ジャパンでは、ランスプリット3時間10分を出しましたが、この時には「自分はラン出身だから負けるわけにはいかない」と自分自身にずっと言い聞かせていました。

これまでのトライアスロン人生の全てが「自分との戦い」で、レースでは順位目標の達成のための「自分との戦い」でした。そのため、いつも自分自身に「練習で出来ないことはレースでも出来ない」、また「今日練習を休めば明日も休んでしまうのだから、今日やろう」と言い聞かせてきました 。
これからも、まだまだトライアスロンを頑張りたいと思っています。トライアスロンって哲学かな、とも思います。トライアスロン人生って、楽しいですね。

続きを読む/たたむ

「私のトライアスロンライフ」 溝口章司


今から22年位前、雑誌「ターザン」(マガジンハウス)の特集で、トライアスロンチームを組んでトライアスロンに挑戦という企画が目に留まり、その影響を受けて私もトライアスロンに挑戦。デビューレースとして出場したグリーンピア三木大会でいきなり10位となり、トライアスロンにのめり込みました。

その後、アイアンマンや宮古島大会や皆生大会を目指してトレーニング。90年代のトライアスロン全盛期に始め、現在まで継続してきたことや、アイアンマン・ハワイに8回も参加出来たこと、そして、全国に仲間がたくさん出来たことなど、お金では買えない多くの財産を得ることができ、本当に良かったなと思っています。

普段の生活では、やはり一番に仕事。当然のことですが、仕事があるのでトライアスロンが出来ると考えています。だから、いつもこの事を念頭においてトレーニングに邁進しています。
ナチュラルエナジーとの出会いは、1991年、アイアンマン・ハワイに挑戦した時に長田氏とご一緒して、それ以来の付き合いです。長田氏は、私が椎間板ヘルニアで挫折しそうになった時、元気を貰った一人でもあります。また、常に求めるところが一緒なので、これからも応援したい気持ちでいっぱいです。
これからのトライアスロンシーンに無くてはならない「ナチュラルエナジーエナジー」になって欲しいと思っています。

「トライアスロンで築き上げた人の繋がりを大事にして、少しでも長くレースに参戦すること」を夢に抱き、ますます突き進んでいきたいと考えています。

2009/10/01

続きを読む/たたむ

「トライアスロンのある生活・・最高です」 小国達矢


1989年に九頭竜トライアスロン(ショート大会)でデビュー。
その後ショート、ミドルを中心に年2〜3レース出場。その中で大切な大会が二つある。一つは第1回から20回までほぼ毎年出場してきた珠洲大会。そして、もう一つは宮古島大会。第16回から19回大会を欠場した以外は25回大会まで全て出場し、完走し続けている。

20年以上継続してきた競技歴の中で色々なことがあった。その中で思い出深いレースを一つ。
それは初出場したときの宮古島大会。当時、トライアスロンを始めて10年、一度は出たいと思っていたロングの大会だったが、仕事の都合やロングへの不安からなかなか大会出場(申し込み)を決められないでいた。
夏頃だったろうか、そんな話をセッションの後に長田氏と話していた。すると長田氏から「思い切って来年出ませんか?このキャップを差し上げます。がんばって下さい!」と言って、氏が春に出場された宮古島大会のスイムキャップを差し出された。
キャップにはシード選手の証の二桁順位がプリントされている。まさにあこがれのキャップ!これが強烈なモチベーションになり、その秋にナチュラルエナジートライアスロンキャンプに参加し、初の宮古島へ。そして2000年4月、念願のストロングマンに出場となった。

レース当日、スタート直前までは緊張していたのだが、レース中はとにかく楽しくて仕方がなかった。ランに入る頃にはテンションは最高潮に達し、ボランティアや島の人達の声援に、終始手を振って答えながら走り続けた。
そして長い一日の終わり、少し薄暗くなってきたところで、ゴールの陸上競技場へと続く最後の道路までたどり着いた。他のこれまでのレースなら「もう少しでゴール、やっと終わり」などと考えるのだが、このときだけはまだ走り続けていたい、この夢のような時間をいつまでも味わっていたいと思った。そして陸上競技場に入り、最後のトラック半周。大勢の人たちから「おめでとう。もうすぐゴール!」と声援を受け走っていると、ここに至るまでのいろんな事が思い出され、涙が自然と流れだし止められなかった。
ゴールテープを切った時はもう号泣。それ程このゴールはうれしく濃密な時間だった。それにしてもこの号泣ぶりはよほどだったらしく、地元紙の記者さんから声をかけられ翌日の朝刊に「京都から参加の小国さんはゴール後、号泣した。」と書かれた程だった。
大会の間、コース上のあちこちに先回りして応援してくれた嫁さんからは、朝刊をみて「そこまで泣くか〜」と大笑いされたが、それぐらい思い入れがあった大会だった。それ以来宮古島のとりこになり、今年で10年になる。まだまだ走り続けたいと思う。

そんな感動が味わえるトライアスロンであるが、やって良かったなと思うことは、たくさんある。
身体が健康なこと、仕事から離れた時間がもてること、打ち込める事がある、レースを通して色々な所に行けること等々。しかし一番良かったと思うことは、仲間(友達)がいる!このことが一番だと思う。
トライアスロンは個人で行う競技であるが、アスリート同士だと、すぐに友達になれる。そして競技以外の場でも色々な事を楽しんだり、相談したり、助けたり助けられたりするようになる。結果として生活の場が大きく豊かになった。もちろんトライアスロン以外でもこういったことはあるのであるが、このスポーツを通じて大きくなった人の輪は、今の私にとって何物にも代え難い大切な物である。

よく人から言われることがある。「しんどくないの」「よくがんばるなあ〜」。確かにそうだ。なぜだろう。トライアスロンをやっていると、練習の苦しさ、レースのつらさはもちろんのこと、日々の生活とのバランスの取り方、時間のやりくりなど色々大変なことが出てくる。でもレースの楽しさやゴール後の余韻、そして練習やレースで会う仲間の顔を思い出すとそんなことは大した事でないと思える。
それとトライアスロンは敗者のないスポーツ。ゴールできればよし、成績がよければなおよし。たとえ途中でリタイヤしても自分がやれるだけやったと思えるまでやれれば、それで満足できる。他のスポーツは勝ち負けがあり、いくら頑張っても偶然の要素で負けることもある。これは悔しい。しかしトライアスロンにはそれがないのだ。だから敗者のないスポーツと思っている。
必ず楽しめるレース、苦しいことも忘れられるゴールが待っているので色々なことが乗り越えられる。

私にはトライアスロンに対して夢がある。夢は色々・・・。思っている大会で記録を出すことや、究極の夢、ハワイのアイアンマンを走ることもある。だが一番に心に描いていることは、いつまでも長くトライアスロンに関わり続けたいこと。仮に競技ができなくなってもチームのサポートや大会ボランティア、応援などでトライアスロンに関わり続けたい。この思いがあるから今まで色々なことを乗り越え、続けてこられたのだと思っている。トライアスロンのある生活・・・最高です。

最後にナチュラルエナジーは、私にとって

1.トレーニングの場:仲間がいて一緒にトレーニングする一人ではあまりやらないようなメニューでもできてしまう。ここに来るとレース、トレーニングへのモチベーションが上がる!

2.情報交換の場:大会やトレーニング法、新しいグッズの話題など色々な情報が得られる。

3.くつろぎの場:セッションやパーティなどで、色々な方と知り合う。そんな中で楽しく(やかましく??)騒ぐこともあれば、普段知り合う機会がないような方と話をすることで色々な事を知ったり、考えたり、感じたりして生活が豊かになる場。

など色々な意味を持っている。

実は、最初にナチュラルエナジーに入ったとき、私は少しトライアスロンに飽きかけていた。
そんなときに、長田氏をはじめとするチームメンバーの方々と出会い、改めてトライスロンの楽しさを知った。そして今まで続けてこられた。競技のレベルを上げることだけがチームの役割ではない。競技生活を続ける土台としての役割もある。そういった意味で私にとって本当に大切なチーム、そして仲間だと思っている。


続きを読む/たたむ

1|23 次の5件


オムロン株式会社株式会社堀場製作所ヴァーム小林製薬株式会社CW-X株式会社イシダアクア淀屋橋法律事務所姫野法律事務所
| 個人情報保護ポリシー | 特定商取引に基づく表記 | 会社概要 | お問合せ |
© 2010 Natural Energy, Inc.
ナチュラルエナジー/トップページ