トライアスロンのはじまり
トライアスロンは、1974年頃フィットネスやランニングブームとともに、アメリカ・サンディエゴ・ノースカウンティを中心に始まりました。
その後、海軍中佐ジョン・コリンズ *が、「ワイキキ・ラフウォータースイム」「オアフ島1周バイクレース」「ホノルルマラソン」を一気に行うレースを提案。かなり酒を飲んで酔った席で、議論になったとのことです。こうして、現在のIRONMAN World Championshipが、1978年にはじまりました。2018 IRONMAN World Championshipでは、世界各国の予選レースでクオリファイした2,481名のアスリートがエントリーしていますが、第1回大会は、僅か15名のアスリートでスタートしたのでした。その後、1982年までは、毎年2月オアフ島で開催。交通事情などの問題のため、1982年10月から舞台をハワイ島カイルア コナに移し現在に至っています。
IRONMANのストーリーを語るには、あまりにも有名なシーン。 それは1982年、ジュリー・モスが女性トップでコナの町まで帰ってきたものの、ゴール寸前で何度も倒れ、最後は這いながらゴールしたシーン。ゴールまであと僅かのところで、後続選手に追い抜かれ2位となったが、最後まで諦めないその劇的なシーンが世界中に放映され、大きな感動を呼びました。
「完走したすべてのアスリートが勝者になれるスポーツ!」という他のスポーツには無い大きな魅力が取り上げられ、IRONMANをきっかけにトライアスロンは急激に世界中に広がりを見せました。
*今から20年前、20周年記念大会1998 IRONMAN World Championshipで、ジョン・コリンズに初めてお会いしました。 髪は白髪でしたが背筋がピンと伸びた方で、レース前、「See You On The QueenK(レースの時、ランコース、クイーンKで会いましょう)!」というメッセージを私に直接伝えてくれた。もし、彼の提案が無かったら、IRONMANだけでなく今日のトライアスロンは全て無かったかもしれないと思うと、彼に感謝するとともに、トライアスリートにとって運命の人と出会えた思いでとてもうれしく感激しました。 (ナチュラルエナジー代表:長田達也) |